老犬の前庭疾患とは?症状と治療の流れを獣医師が解説
ある日突然、老犬が立てなくなり首を傾ける様子が見られると、
「急に何があったのだろう?」
「何かの病気になったのだろうか?」
「このまま寝たきりになるのだろうか?」
と心配になりますよね。
もしかしたらそれは、老犬の前庭疾患のサインかもしれません。
実際、老犬で突然そのような症状を起こして受診するケースを、私自身も多く経験しています。
今回は、老犬の前庭疾患の原因や症状、治療の流れを獣医師が分かりやすく解説します。
最後までお読みいただき、老犬の前庭疾患への理解を深めましょう。
犬の前庭疾患について

そもそも「前庭」とは何なのでしょうか?
犬の耳の構造は外側から、
- 外耳
- 中耳
- 内耳
の3つに分けられます。
「外耳」は耳介から鼓膜まで、「中耳」は鼓膜の内部、「内耳」はさらにその奥にある平衡感覚や聴覚を司る部分を指します。
その内耳に「前庭」があり、前庭は第8脳神経(内耳神経)で脳とつながり、平衡感覚を司っている部位です。
ここに何かしらの原因で障害が加わると、特徴的な症状を示します。
具体的には、
- 斜頚(首を傾ける)
- 斜視(黒目が正面ではない方向を向く)
- 眼振(目が左右または上下に振れる)
- 旋回行動(一定方向にぐるぐる回る)
といった症状が典型的なものです。
しかし犬の場合、「奇異性前庭症候群」と呼ばれる、脳の異常から前庭症状を示すこともあるので、必ずしも内耳だけのトラブルとは限らないことに注意が必要です。
犬の前庭疾患の原因

では、どのような原因で前庭が障害を受け症状を起こすのでしょうか?
犬における主な原因としては、
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といったものが報告されています。
それぞれを詳しく見ていきましょう。
①特発性前庭疾患

特発性前庭疾患は、多くは突然発症する原因不明の前庭疾患であり、特に高齢の犬に発生することが多いとされています。
通常、意識は正常で、上記のような典型的な前庭症状を示します。
身体検査や血液検査に異常がない場合で、年齢や犬種、症状から暫定的に診断されることが多い疾患です。
②外耳炎・中耳炎・内耳炎

犬においては、アレルギーやマラセチアなどと関連して外耳炎が起こることが多いです。
その外耳炎が重度になると、続く中耳や内耳にまで炎症が波及し、最終的に前庭疾患の症状を示すことがあります。
外耳炎の好発犬種としては、
- アメリカンコッカースパニエル
- ミニチュアダックスフンド
- ラブラドールレトリバー
- トイプードル
- ミニチュアシュナウザー
- シーズー
などが挙げられます。
③脳炎

犬の脳炎には、感染性(細菌、ウイルス、真菌、リケッチア、原虫など)や免疫介在性、原因不明の脳炎が知られています。
日本では「壊死性髄膜(白質)脳炎」や「壊死性白質脳炎」、「肉芽腫性脳脊髄炎」などの発生が比較的多く報告されています。
これらの脳炎が平衡感覚を司る脳にダメージを与えることが、症状を引き起こすひとつの原因です。
脳炎の好発犬種としては、
- パグ
- マルチーズ
- ヨークシャーテリア
- シーズー
- チワワ
- パピヨン
- ペキニーズ
- ポメラニアン
などが挙げられます。
④脳腫瘍

犬の脳腫瘍とは、脳に発生する各種の腫瘍を総じて「脳腫瘍」と呼びます。
主な腫瘍の種類としては「髄膜腫」や「グリオーマ」という腫瘍が挙げられます。
このような腫瘍の浸潤や炎症により、平衡感覚を司る脳にダメージを与えることが、症状を引き起こすひとつの原因です。
脳腫瘍の好発犬種としては、
- フレンチブルドッグ
- ボストンテリア
- ゴールデンレトリバー
- ボクサー
などが挙げられます。
犬の前庭疾患に関する症状

ここまでは、犬の前庭疾患の原因について解説しました。
では、犬の前庭疾患が起きたときには、どのような症状が見られるのでしょうか?
上述の通り、前庭疾患は斜頸や斜視、眼振などの特徴的な症状を示します。
しかし逆に言うと、症状から前庭疾患の原因を特定するのは難しいことがほとんどです。
【犬の前庭疾患の主な症状】
- 元気がない/ぐったりしている
- 立てない/歩けない
- 食べない/食欲がない
- 嘔吐や下痢がある
- 発作/痙攣を起こしている
- 前足や後ろ足、片側の足が麻痺している
- 旋回行動(一定方向にぐるぐる回る)をしている
- 目が見えない/瞳孔の大きさがおかしい
上記のような症状を併発している場合は、前庭疾患の原因となる何かの病気が隠れている可能性が高まりますので、早めに受診することを心掛けましょう。
犬の前庭疾患の治療

ここまでは前庭疾患の原因や症状について解説しました。
では、実際に前庭疾患と診断された場合は、どのような治療が行われるのでしょうか?
前庭疾患の治療は、その原因によって内容が異なります。
それぞれを詳しく見ていきましょう。
①特発性前庭疾患

特発性前庭疾患は原因が不明なので、基本的には対症療法を行い、自然と治まるのを待ちます。
犬が感じていると思われる「めまい」に対して、抗ヒスタミン薬や鎮静薬を使用したり、点滴や制吐剤、ステロイド剤の投与を行ったりすることで治療が行われます。
私の経験上、多くの症例は対症療法で改善するのが一般的です。
しかし、重症度によっては軽度の症状が残ったり、認知症へ繋がったりする場合があるようです。
また、自力での食事やトイレが困難な場合には、症状が改善するまで介助する必要があります。
②外耳炎・中耳炎・内耳炎

一般的に外耳炎は、細菌やマラセチアなどの感染を伴った炎症であることが多いため、抗生物質や抗真菌薬などの投与が行われます。
さらに、炎症を早く引かせるため、または外耳炎の根本原因がアレルギーである可能性があるため、ステロイド剤を内服することも多いです。
加えて、耳の内部の環境を良くするために、耳掃除や点耳薬による処置も同時に行われます。
外耳炎を繰り返す場合は再発防止としても、日頃こまめに耳掃除を行うことも大切です。
③脳炎

脳炎の原因が感染であれば、病原体に対し適切な治療薬を用いて治療が行われます。
免疫介在性や原因不明の脳炎の場合は、免疫抑制剤(シタラビン、ミコフェノール酸モフェチル、ステロイド剤など)を中心とした治療が行われます。
その他、症状に合わせて抗てんかん薬を使用したり、サプリメントなどで体調をサポートしてあげたりすることが一般的な治療内容です。
④脳腫瘍

脳腫瘍の治療法は他の腫瘍と同様に、
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による治療が中心となります。
ただし、脳腫瘍は老犬での発症が多く、脳という部位なので手術が積極的に行われるケースは少ないのが実際です。
また放射線治療は、治療が可能な施設が限られており、頻回の全身麻酔を行うために治療費も高額になるデメリットがあります。
抗がん剤(ロムスチン、ヒドロキシウレアなど)も顕著に効果があることは少なく、年齢的にも対症療法(抗てんかん薬やステロイド剤による治療)を行い、緩和ケアをするケースが多く見られます。
まとめ

今回は、老犬に多い前庭疾患について解説しました。
私自身の診察においても、前庭症状を含めた脳・神経に関わる症状は、日頃から多く遭遇します。
急に症状が現れることもあれば、老犬だから仕方ないと思い込んで見過ごされているケースも多々経験します。
その背景には、「実は病気が隠れていました」ということも少なくありません。
年齢を問わず、気になる症状が見られた場合は、早めに受診するよう心掛けましょう。


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